寂しくないよ




「おっさんはあたしが守ってやるわ。あんた、変なとこでダメダメだから」

「なになにー、リタっちったらおっさんにメロメロ?」

「ばっ、ちっがうわよ!ただ…エステルが、そうエステルがおっさんが怪我して治癒術使うのが可哀想だからよ!」

ふざけた会話が頭の中の何処かで響いた。
心臓を掴むようにしゃがみこんだレイヴンの前にこちらに背を向けて立ったリタから飛び散った血液が地面に音を立てて大量に流れる。
全てがスローモーションの世界だった。
自分の目が見開いていくのが分かる。
膝から崩れ落ちたリタが前のめりに倒れていく。
怒りの形相で刀を鈍く光らせたユーリ。
リタが倒れたことで向こう側に見えた魔物の爪についた真っ赤な液体。
そしてユーリが魔物を切り伏せたときに飛び散った魔物の体液。

「リタ!」

一瞬の出来事だったのだろう。
魔物を切り伏せたユーリがリタに駆け寄り大声を出したことで、漸く時は通常通りに動き出す。
痛む心臓に冷や汗を流しながらレイヴンは心臓の痛みだけではない真っ青な表情で、地に伏したリタを見た。

「エステル、頼む!下手に動かすなよ」

「血が…血がいっぱい」

「リタ、しっかりするんだ!」

「リタ姐がんばるのじゃ!」

「大丈夫よ、リタ気をしっかりもって」

「バウワウ!」

「今助けますからね、リタ」

駆け寄ってきた仲間に囲まれ、エステルの指示でユーリに抱き起こされたリタは回復しようと手を伸ばしたエステルに小さく首を振った。

助からない。

本当はこの場にいる全員がわかっていた。
抉られるように斬られた腹部は見るも無惨なものになっており、リタは浅い呼吸を繰り返しながらレイヴンへと小さな手を伸ばした。
最期の力を振り絞ったようなその動きにユーリはレイヴンにリタを差し出す。
心臓を押さえていた手を離し、リタを両腕で抱えるとリタは僅かに嬉しそうに微笑んだ。

「まも…たわよ…。あ、んた…へんなとこで……ダメダ、メなん…だから」

「っリタっち…」

「レ…ヴン…」

一筋の涙の痕を頬に残し、リタは動かなくなった。
泣き叫び、悔しがる仲間達の中で、ただ呆然としていたレイヴンは動かないリタがどんどん冷たくなっていくことに恐怖を感じていた。

「……くな」

泣いている仲間の声に掻き消されレイヴンの切なる願いは空気に溶けた。

「逝くなって…リタっち…」




「おじさま、元気出てきたかしら」

あの日から数ヵ月後。
本当にレイヴンなのかというほどに沈んだ顔をしていたが、最近になって徐々に笑顔を取り戻してきた彼にジュディスは上品に首を傾げた。
悲しみの深い傷が残る心はまだ仲間全員の胸の中で時折悲鳴を上げて軋んだが、そのたびに励まし合ってここまできた。
ジュディスの言葉に薄く笑ったレイヴンは空を見上げてからぽつりと言った。

「俺ももうすぐ逝けるから、寂しくないでしょ?リタっち」

メンテナンスするものがいなくなってしまった心臓はもう長くない。
レイヴンの心臓の発作の間が短くなってきていることに気付いていたジュディスは少しだけ悲しそうにしたがどうしようもない現実にそうねと頷くしかなかった。